12月。期末試験まで残り僅かであり、従って他の学生達は焦り出す季節である。
そんな中、俺は全く焦っていない。だって文香に怒られるのは怖いから、毎日少しずつ勉強していたからな。しかし、毎日勉強するだけで期末はここまで焦らなくて済むとは、文香に感謝だなこれ。
そんなわけで、俺は学校が終わるなり出掛けることにした。家帰って着替えて、ウキウキしながら家で自転車に跨った。
自転車を漕ぐこと数分、どっかの大学に到着した。中に入り、匂いを頼りに歩き回った。すると、歩いてる目的の女の子を見つけた。後ろからこっそりと近付き、ガバッと襲い掛かった。
「ようっ!文香!」
「ひゃわっ⁉︎」
文香の両肩を叩くと、肩をビクッと震わせた。
「………あっ、ちあ……鷹宮くん……」
「どうも。さぁ、行きましょうか」
「………それは、良いのですが……その、良いのですか?学校で、目立つのでは………」
「大丈夫ですよ」
自分の大学にアイドルがいるってだけでみんな自慢になるから、自分の大学から文香がいなくなってしまう、或いは文香がアイドルをやめる事になるような情報は漏らさないはずだ。
早く行こう、と言わんばかりに文香の手を取って大学の駐輪場から俺のチャリを出した。
「どうぞ」
後ろの所に文香が乗り、ギュッと俺の腰を抱き締めた。………そうだよ、ふみふみ。そのために俺はチャリで来たんだ。おっぱい柔らかいサー。
鼻歌を歌いながら自転車を漕いでると、後ろから声が聞こえて来た。
「………千秋くん、ご機嫌ですね」
あ、ヤバイ。オッパイで機嫌良いと思われた?
「そりゃそうでしょ!文香の水着を買いに行くんだから!」
何とか誤魔化してみた。
そう、これから文香と俺の水着を買いに行く。一緒にお風呂に入る、という話から「それなら別に温水プールでも良いんじゃ?」などと話が飛ぶに飛んだ結果、この時期にプールにも行くしお風呂にも入る事になった。
成績は平気なんですか?と聞かれ、俺はこの前の小テストの結果を見せつけてやった。完封で満点である。俺が本気を出せばこんなものよ。
「………あの、それにしても今日はテンション高過ぎるような……」
そうなんかな、自分じゃわからんが。まぁ、何?文香とお風呂に入れるってのにテンション低い方がおかしいわ。ていうか、なんか最近は普通にデートしてもバレないんじゃないかと思う程だ。
文香と付き合い始めて4ヶ月、それ以外にも速水さんやトライアドプリムスや修学旅行の時にもずっとアイドルといたが、サインを求められることもなかった。
まぁ、俺がマネージャーに見えてるからサインを求められないのかもしれないが、それなら尚更ラッキーだ。マネージャーに見えてる時点で恋人には見えていないのだから。
とにかく、少しくらい表に出ても良いと思うようになって来た。まあ、正直温水プールは危険な気もするけどね。
ショッピングモールに到着し、水着コーナーに来た。まぁ、お互いの方針で、各々で水着を買う事になったから別行動なんだが。アレ?これ、一緒に来た意味が無いんじゃ………。
俺は水着に拘りなんてかけらも無いので、さっさとテキトーに選んで文香のいる店の前に行った。まぁ、中には入らないんですけどね。店の前のベンチに座って待機してると、なんか後ろからクンクンクンクンと匂いを嗅がれてるのを感じた。
なんだ?野良犬か?と思ったら見覚えのない女の人だった。こいついきなり何してんの?つか誰?
「………文香ちゃんの匂いがする」
………どういう事?ていうか、ヤバいだろこいつ。文香の匂いを知っている、という事はストーカーの可能性もあるし、そもそも俺と文香の関係があっさりバレた可能性もある。
「………いや、誰ですかあんた」
「んー?一ノ瀬志希」
いや、そういう事じゃなくて。いや、聞き方が悪かったが。
「ね、ね。それより、なんでお兄さんから文香ちゃんの匂いがするの?」
「文香?誰スか?」
まずはそう言うのが正解だろう。カマをかけてる可能性もあるしな。
「んー?鷺沢文香っていう人」
普通に言っちゃうんだ。こいつ本当なんなの?いや、でも失敗したかも。もし、俺と文香が2ケツしてる事をこいつが知ってるとしたら?嘘をつくという事は、そこに隠さなきゃならない事があるという事がバレる。
「………おかしいなぁ、文香ちゃんの匂いなのに」
全然違った。こいつ、本当に匂いで判断してんのか?犬なのか?
「とにかく、人違いだから。さっさと……」
「おかしいなぁ、文香ちゃんの匂いなのに……」
おい、胸の匂いを嗅ぐな。つーか何したんだよこいつ……。もう何なんだよ、なんとかしてくれ誰か。
全力の抗議の視線を送ってると、本物の文香の匂いが近づいて来るのを感じた。それと共に、久々に感じた魔王の絶望的オーラも。
文香が俺をすごく見てた。小学生みたいな表現をしても、怖い事に変わりはないし、むしろ少し怖かったわ。
「………何をしているんですか?」
「あっ………文っ……鷺沢さん……」
違うんですよ、これはこの変態セクハラ痴漢女が……と、続けようとしたところで、俺の匂いを嗅いでる女の子が文香を見た。
「あっ、文香ちゃんだ」
「………志希さん?」
「………あ?知り合い?」
すると、一ノ瀬さんは俺と文香を交互に見た。で、「ああ!」と何かを納得したのか、ポンッと手を打つと朗らかな笑みで言った。
「二人とも恋びムグッ!」
慌てて二人で口を塞いだ。
で、場所は変わってフードコート。ミスドでドーナツを買って、三人で座った。
「………こちら、一ノ瀬志希さん。アイドルです」
「うん、そんな感じはしてた」
「………それで、こちらが鷹宮千秋くん。……仰っていた通り、私の恋人です」
「文香ちゃんに⁉︎恋人⁉︎」
「こっ、声が大きいです!」
本当だよ。お前もアイドルならマズイって事くらい分かるだろ?
怒られても、一ノ瀬さんは謝らずに俺に顔を近づけた。
「………ふーん、イケメンさんだねぇ〜」
「いや、あのっ、ちょっ……」
クシャッと音がした。文香が紙コップを握り潰す音だ。それでも、一ノ瀬さんはオーラに気付かずに俺の頬を触り始めた。おい、なんだよこいつ。
「………あの、一ノ瀬さん。俺、文香の彼氏なんで……」
「知ってるけど?」
「………………」
ダメだこいつ。多分、初恋もまだなタイプだ。ほらぁ、早速もう魔神文香になってんじゃん。
でも、人にあまり怒ったことがないので、強く言えないのが俺の悪いところなわけで。どうしたものか考えてると「あー!」と声がした。
「見つけたわよあんた!」
何故か速水さんがいた。で、こっちに来ると一ノ瀬さんの腕を引っ張った。
「いっつもいっつも失踪しないで!探すこちらの身にもなりなさい!」
失踪してんの?何、ルパンごっこ?
速水さんはそう言うと俺達を見て言った。
「悪いわね、邪魔して」
「え、なんでここにいんの?ってならないの?」
「いや、だってあんただし」
それで説明ついちゃうんだ。すごいや。
少し感心してると、速水さんは俺と文香の持ってる水着の袋を見た。で、ニヤリと微笑むと「頑張ってね」と言って去って行った。
「…………なんだったんだ?」
一応、文香に言ったつもりだったんだが、文香は俺に目を合わせないでツーンとしてる。
「………文香?」
「………千秋くん、鼻の下伸びてました」
「えっ?」
そ、そうかな。割と迷惑してたんだが。
「………千秋くんは女の子の、それも可愛い女の子と友達になるスキルとか高いから、私不安です」
それは本当に申し訳ないばかりだ。でも、知り合いになっちまった以上は、下手に冷たくするわけにもいかない。
けど、俺だって文香にイケメンの友達ばかり出来たら怖いだろうしなぁ。まぁ、ここで俺が何を言っても説得力はないだろう。この前、速水さんと出掛けた時もなんかアイドルの知り合い増えちゃったし。
ここは、行動に移すべきだろう。俺はドーナツを食べ終えると立ち上がった。
「帰るか」
「え?も、もうですか……?」
もっと遊びたいんだろうが、一ノ瀬さんの一件で気を引き締めないといけないことを学んだ。
だが、デートが終わりだとは言ってない。
「………帰って、入りましょうか」
「っ………!は、はい……」
そう言うと、おそらく羞恥と歓喜で顔を赤くしながら文香は俯いた。
さて、いよいよ風呂だ。
×××
文香の部屋。そこで俺は先に水着に着替えてシャワーを浴びた。一応、シャワーを浴びてから湯に浸かるべきだよな。
サーッとシャワーで体を流し、湯船に浸かった。………今更だけど、俺達は何してるんだろう。なんでわざわざ水着を買ってまで一緒に風呂に入ろうとしてんだ……。
「………はぁ、バッカみたい」
呟きながら俺は天井を見上げた。
すると、ガチャっと扉が開いた。
「…………お、お待たせ、しました………」
文香が入って来た。紺色の水着で下半身はパレオになっている水着。いや、お風呂に入るのにその格好はどうかと思うが、それ以上に似合っており、色っぽかった。
「……………」
「………ど、どうでしょう、か……」
「………可愛い、綺麗、美人、似合ってる、結婚したい、嫁にしたい、婿になりたい」
「ふえっ⁉︎」
「っ!や。やべっ、声に出てる⁉︎」
あううっ……と顔を赤くして俯く文香。俺も恥ずかしくなって目を逸らした。
「………か、体流さないとっ……」
わざわざ声に出して体を流し始めた。………なんだろ。水着なのにエロいな………。
なるべく意識しないように目を逸らした。身体を軽く流した文香は、一緒に湯船に入った。
「………しっ、失礼します……」
いやそんな畏まらなくても。俺の向かいに座る文香。
…………狭い。お互いに脚が当たる。すべすべの文香の脚に、そこそこすね毛の生えた俺の脚が当たる。
「……………」
「……………」
…………気まずい。なんだこれ。なんか付き合いたてに戻ったみたいだ。水着なのに。
微妙に泣きそうになってると、文香が急に気合を入れたようにムンッと鼻から息をすると、俺の脚の間に入って来た。
「っ⁉︎ふ、文香さあん⁉︎」
「………こ、ここにいさせてくださいっ」
大胆な行動したくせに、俺の身体に当たらないように小さく丸まる文香。顔は見えないが、耳まで真っ赤になってるのがよく分かる。
なっ、なんだこの可愛い生き物……!オッパイ以外は小動物じゃん最早。
「あー………ふ、文香」
「………な、なんですか?」
「…………べ、別に、その……こっちに寄り掛かって来ても…良い、けど……」
「………へっ?」
しばらく俺の顔を見上げた後、文香は俺の身体に体重を乗せた。柔らかい体が俺の身体にダイレクトで当たる。良かった、上半身だけ寄りかかって来てて。下半身も密着してたら巨大化したバベルの塔が当たってた。
「…………千秋くんの体、暖かいですね」
やめろおおおおお。そんな、そんなムラムラさせるようなことを言うなああああああ‼︎
ヤバイヤバイヤバイ、襲いそう!なんとかして理性に仕事させないと終わる!
「ふ、文香!」
「な、なんですかっ⁉︎」
「ごめんっ!」
俺は文香がこっちを見た直後にキスをした。顔が真っ赤になってるが、気にせずに舌を入れた。
しばらくそのまま固まり、10秒くらいでプハッと別れた。文香が顔を赤くして俺を見つめている。
「…………き、急にっ……どうしたの、ですか……?」
「………………」
いや、何とか性欲を解放しようと思って。でも襲ったらマズイからキスで我慢しようと思って………。まぁ、少しは、うん。解放できたし。
いつの間にから身体ごと俺の方に向けて、四つん這いになってる文香がそっと目を閉じた隙に、俺は立ち上がった。
「ふー、満足した。俺先にあがるわ」
「…………はっ?」
俺の海パンを真顔の文香が掴んだ。
「え、何?」
「…………まで」
「は?」
「………そこまでしておいて満足したってなんですか⁉︎」
「ええっ⁉︎」
「人をその気にさせておいて……許しませんよ。今日という今日は!」
「なんで⁉︎俺、なんか悪いことし……あ、やっぱキスとか嫌だった?」
「嫌なわけないでしょう⁉︎」
あーこの子ちょっとアレだ。会話難しいタイプだ。
「とにかく、お説教します!座りなさい!」
うわあ……面倒な事になりそうだし、従っておいた。座ると、文香は再び俺の足の間に座った。
「………そこで説教すんの?」
「…………何か文句でも?」
「イエ、ナニモ」
照れてる。ほんとはあんま怒ってないだろこの人。
「大体、千秋くんはいつもいつも女性に対して壁がなさすぎです。そもそも、彼女にキスする直前に『ごめんっ!』って何ですか!」
と、俺の脚の間でクドクドと説教する文香は、しばらく逃がしてくれなくて、普通に逆上せた。