退職したのにも関わらずアイドル達に追われるプロデューサーの話です。
どうぞ宜しくお願いいたします。

1 / 1
退職したのにアイドル達に追われるプロデューサーの話

既に事務所の外では日が沈み、夜になっていた頃…この事務所でアイドル達のプロデューサーとして仕事をしている彼が、所属アイドル達を集めて、重要な話を伝えていた。

 

「ええっ…!?…プロデューサーさんが…プロデューサーさんが…今日で辞める…?」

 

「…そんな…嘘ですよね…冗談ですよね…?」

 

プロデューサーの「今日で自分は、この事務所を辞める」という言葉にアイドル達からは、『信じられない』と言ったような声が上がっていた。

 

「…突然の話でみんなには申し訳ないが…本当なんだ…」

 

アイドル達の、そのような反応にプロデューサーは「申し訳ない」といったような表情をしつつも、一方で彼の心の中には『…やっぱりアイドル達には何も言わず黙って去りたかった…まあ、プロデューサーという立場の手前、それは出来ないが…』といった気持ちがあった。

 

「…それにしても、急すぎるわよ…プロデューサー君…なんでそんな大事な事を隠していたの…?」

 

「そうですよ!今日、ここにいない子もいるんですよ!?」

 

彼が、前から辞めることを皆に伝えず、辞める当日に言った理由は、『やっぱり黙って去りたかった』という彼の気持ちと関係が無いわけではなかった。

 

彼は、『アイドル達が嫌いだから』プロデューサーを辞める訳では無い。

 

プロデューサーといういわば職業が自分に適していないと考えたからであり、普通の転職のような感覚で彼はプロデューサーを辞めるする事にしたのだ。

 

だが辞めるとなれば、今までプロデュースをしてきたアイドル達に、今のこの状況のように、辞めないよう引き留められるに違いないという事を彼は予想していた。

 

もし、事前にアイドル達にその事を伝えてしまった場合、辞めるその日までの間にアイドル達が、プロデューサーをなんとか引き止めようと彼を説得し続けるのは間違いなかった。

 

前述の通り彼は彼女達が嫌いなために辞めるわけではなかったため、彼女達に説得をされ続ければ、心変わりしまうとも限らなかったため、せめて辞める当日に皆に伝える事にしたのであった。

 

「そっ…そんな…突然、プロデューサーさんとお別れだなんて…まだまだ、プロデューサーさんに教えて貰いたい事が山程あったのに…」

 

「お願いします!私達のプロデューサーでいてくださいっ…!」

 

『…ぐっ…これだ…。こんな事を毎日言われ続けたら…辞める気を無くしてしまうかもしれない…』

 

実際、今の段階でも、アイドル達の懇願にプロデューサーは心を動かされそうになっていた。

 

…が、ここで辞めるという意志を変える訳にはいかなかった。

 

「残念ながら、それは無理だ…。これからきっと、僕より良いプロデューサーが、君達を導いてくれるはずだ…だから僕の事は忘れて欲しい…」

 

「…そんな…でもっ…!…プロデューサーさん、私達みんなをトップアイドルにするのが、夢だって言ってたじゃないですか…それなのに…」

 

それでも、まだプロデューサーを引き留めようとするアイドル達だったが、その様子を黙って見ていたちひろさんが動いた。

 

「…ねえ?みんながアイドルを頑張っているのって…きっと、何か夢があってそれを目指しているからじゃないんじゃないかしら?」

 

「ちひろさん…それは…勿論です…私はトップアイドルになりたいって夢のためにアイドル活動を頑張ってますから…」

 

「そうね、人それぞれきっと夢は違う。ここには元々アイドルとは別の仕事をやっていた人もいる。でも、アイドルになって、何か達成したい夢が出来たから、この事務所に来てアイドルになった。人は生きている中で、夢や目標が変わる事もあるわね。」

 

「…ちひろさん…」

 

「きっと…プロデューサーにも何か新しい夢ができたのよ…私達にそれを妨げることは出来ないわ…だから、黙ってプロデューサーさんを送り出してあげましょう…ねっ?」

 

実は、彼は前もってちひろさんだけには、辞める事を伝えてあった。

 

もっとも、事務員という立場上、彼が社長に辞職を願い出た後に彼女にも自然にその事が伝わっていただけであったが。

 

彼は、ちひろさんに、プロデューサーを辞めないように説得をされるのではないかと少しは考えていたが、『…プロデューサーさんの人生はプロデューサーさんのものですから…仕方ありませんね…』と以外にもちひろさんは特に説得をすることは無かった。

 

更に、ちひろさんは、今日彼が辞めるまでの間、アイドル達にその事が漏れないようにしてくれていたのであった。

 

『…だけど…ちひろさんには悪い事をしたかもな…ちひろさんが僕がプロデューサーを辞めるって事を既に知っていた事を、もしアイドルの子達が知ったとしたら、なんで教えてくれなかったのかと彼女に詰め寄るかもしれないな…』

 

何はともあれ、ちひろさんの言葉により、アイドル達もおおよそは納得をしたらしく、それ以上プロデューサーを説得しようとする様子は無かった。

 

「それじゃあ、みんな…僕がいなくなっても、アイドルとして頑張ってくれよ…」

 

そうして、この日を持って彼のプロデューサーとしての仕事は終わりを告げたのであった。

 

彼が事務所を去る時、後ろからは泣き声や、鼻をすするような音がしたが、彼は後ろを振り返らずに事務所を去っていった…

 

彼がプロデューサーを辞め、幾日か経った日の朝の事…

 

彼の部屋の中でスマホのアラームが鳴り響いていた。

 

「ん…あぁ…時間か…」

 

彼は、部屋に鳴り響くスマホのアラームを解除し、布団から出た。

 

プロデューサーを辞めてからそれ程の日は経ってはいなかったが、新たな時間軸の生活に彼は慣れ始めていた。

 

プロデューサーを辞めた彼が新たに目指す仕事は、資格の必要な仕事であったため、彼は資格専門学校に通い始めていた。

 

『こんな生活をしていると、何となく学生の頃を思い出すな…』

 

そんな気持ちで彼は日々を過ごしていた。

 

さて、その日もいつの間にか昼の時間帯となり、彼は専門学校の傍にあるコンビニへと昼食を買いに向かった。

 

「そういえば、プロデューサーをしていた時は、よく昼は響子ちゃんが弁当を持ってきてくれたことがあったなぁ…」

 

そんな事を思い出しながら、彼はコンビニで弁当を買い、近くにある公園へと向かった。

 

「さーて、食べるか…」

 

慌ただしい都会のビルの間にありながら、静かで落ち着いた場所であり、専門学校に通い始めてからここが彼のお気に入りの場所になっていた。

 

彼は、公園のベンチに座り、早速袋からコンビニ弁当を取り出そうとした…が、次の瞬間、何者かに袋ごとそのコンビニ弁当を取りあげられた。

 

弁当を取りあげられ、思わず上を向いたプロデューサーだったが、そこにいたのはよく見知った人物であった。

 

「…プロデューサーさん…私と会わなくなってから、こんなものばかりでお昼を済ませていたんですか…」

 

「き…君は…響子ちゃん…?」

 

「プロデューサーさん…お昼であってもそんな簡単なもので済ませちゃダメって、事務所で私がいつも言ったじゃないですか…こんなものより、ほら…」

 

そう言って響子ちゃんは、バッグの中から、ランチバッグを取り出した。

 

そのランチバッグは、プロデューサーが事務所に居た頃によく見たものだった。

 

「…響子ちゃん…今、君は学校の時間じゃないのか…?…こんな時間に何を…それにどうして僕の場所が…?」

 

「そんな事はどうでもいいじゃないですか。それより早く食べてください。」

 

プロデューサーの質問に対し、響子ちゃんは一切応えようとする気がないように彼からは見えた。

 

これ以上質問しても無駄だと感じた事と、『早く食べて下さい』といったような無言の威圧を彼女から感じた事から、彼は仕方なしにランチバッグの中に入った弁当を取り出し、食べ始めた。

 

「…どうですか?プロデューサーさんっ!」

 

「うっ…うん…やっぱり、響子ちゃんは料理が上手だね…とても美味しいよ…」

 

彼はたどたどしく言ったが、響子ちゃんのお弁当が美味しいのは確かだった。

 

「良かったぁ!久しぶりにプロデューサーに食べてもらう事が出来て、本当に嬉しいです!プロデューサーの好きな物、入れてるんでどんどん食べてくださいね!」

 

久しぶりにプロデューサーに自分が作った弁当を食べてもらうことが出来た…響子ちゃんにとってはその事が心の底から嬉しいようであった。

 

やがて、プロデューサーは弁当を食べ終わり、弁当箱と、ランチバッグを響子ちゃんへと返した。

 

響子ちゃんのお弁当は確かに美味しかったか、食べている間、彼女にずっと見られていた事から、食べている間は何となく落ち着かなかったようであった。

 

「お弁当の方、どうでしたか…」

 

「あっ…うん、美味しかったよ…」

 

「そうですか!プロデューサーさんに美味しいって言って貰えるのが私にとっては、何よりも嬉しいです!」

 

「…ははは…もう僕はプロデューサーじゃないけどね…それより、さっきも言ったけど、今日は平日だし、響子ちゃん、学校の時間でしょ…?こんな事して…」

 

改めて彼は、響子ちゃんに質問をしようとしたが、響子ちゃんはそんな彼の質問を途中で遮り話した。

 

「それじゃあ私、これから毎日、プロデューサーさんにお弁当を作ってきます!私が分かりやすいように、いつもこの時間にプロデューサーさんはここに居てくださいね!それじゃあ、また明日来ます、プロデューサーさんっ!」

 

「ああっ!ちょっと待って響子ちゃん…!…行っちゃった…」

 

彼が止める間もなく、響子ちゃんはその場を立ち去ってしまった。

 

「…本当に学校の方は大丈夫なんだろうか…それに、どうして僕がここに居るとわかったんだろうか…」

 

公園のベンチで彼は、その事をずっと考えていたが、やがて次の講義の時間になったために、建物の中へと戻って行った…

 

昼の公園での出来事から、いつの間にか時間も過ぎ外もすっかり暗くなっていた頃、本日最後の講義も終わりの時間になっていた。

 

「へえ〜、お仕事の方は、最近までプロデューサーをやっていらっしゃったんですかー。」

 

講義の終わった教室から、プロデューサーと共に一人の女性が出て来た。

 

どうやら彼は、彼女とは、この専門学校で一緒の講義を受けている中で知り合ったようであった。

 

「ええ、とある事務所の方でアイドル候補生の子達のプロデューサーをやっていました。」

 

「そうなんですかー。私、女性なんですけどー、女の子のアイドルの子達が好きで、結構テレビとかラジオで見たり聞いたりしてるんですよー。」

 

「おぉ、でしたら私がプロデュースしていた女の子達の事もテレビとかラジオで観たり聴いたりしていらっしゃったかもしれませんね!」

「もしかしたら、そうかもしれないですねー!」

 

二人は、お互いについての話などに盛り上がりながら、共に専門学校の外へと出て行った。

 

専門学校の外へと出てからも、二人は暫く一緒に歩きながら話をしていたが、やがて女性の方が乗る地下鉄の入り口が見えたために、そこで別れる事にした。

 

「それでは、僕の方はバスで帰るんで今日の所はここでお別れですね。また、明日の講義でお会いしましょう!」

 

「はい!明日も、色々とお話しの方聞かせてくださいねー!それでは、おやすみなさいー。」

 

そうして、女性は地下鉄の入り口へと消えて行った。

 

彼女と別れた彼は、一人でバス停の方へと歩いて行った…のであったが、暫く歩いた所で、背後から突然、何者かが彼に抱きついた。

 

「うわっ…!!だっ、誰だぁっ!!」

 

突然、抱きつかれた事に驚きの余り思わず大きな声をあげてしまった彼が、後ろを振り向くと、そこにいたのは、しぶりんであった。

 

「…あっ…あー、なんだ…しぶりんか…。…マジでびっくりしたぁ…って…しぶりん!?何で、こんな所に?」

 

「…やっと会えたね…プロデューサー…あの日プロデューサーが事務所からいなくなってから…私ずっと会いたかったんだよ…?」

 

「…『ずっと』って…僕がプロデューサーを辞めてから、そんなに経ってはいないと思うけど…それより、何で僕がここにいるのを知ってるのさ…?」

 

「…プロデューサーが何処にいるかなんて私が分からないはずがないでしょ?だって、プロデューサーと私はあの事務所のどんなアイドルの子達よりも長い付き合いだもの。私にはプロデューサーの事で知らない事なんてないんだよ。」

 

「…そ、そうなのか…響子ちゃんもそうだけど、君達は、僕の居場所が分かる、センサーとかGPSみたいなものでも持ってるの…?」

 

…響子ちゃんといい、しぶりんといい、プロデューサーは自分が資格専門学校に通っているなどという事は二人には当然ながら伝えていなかった…はずであったが、何故か二人ともが、当たり前のように彼の居場所を知っていた。

 

「…でもね…そんな私でも知らなかった事があったんだなーってついさっき知ったんだ…。」

 

プロデューサーに久しぶりに会えて嬉しいといったような表情で、彼の事を見上げていたしぶりんであったが、そのような表情から一変、不愉快そうな表情へと変わった。

 

「…まさか、私のプロデューサーに、勝手に近づこうとしている女の人がいたなんてね…本当に不覚だったよ…」

 

「…勝手に近づこうとしている女の人って…さっき別れたあの人の事か…?…あの人は、一緒の講義を受けていてたまたま話すようになっただけで…」

 

「…理由、きっかけは何であれ、プロデューサーと話した時点で、『近づこうとしている』事には間違いがないんだよ…」

 

不愉快そうな表情とも、怒っているともとれる表情をしながら、彼女は話を続けた。

 

「…プロデューサー…今、この場所にいるのは、プロデューサーと私の二人だけだから…本当の事を言うよ…。」

 

一呼吸置いてから、彼女は今までずっと胸の中へと隠していた気持ちを吐き出すように話し出した。

 

「…もしかしたら、プロデューサーは驚くかもしれないけど…実は私、事務所でプロデューサーが違うアイドルの子達と話しているのを見ていると、いつもいい気持ちがしなかったし、私以外の子と一緒に仕事の現場に行ったりした時は気が気でなかったんだよ…。」

 

彼女がずっとプロデューサーに限らず誰に対しても隠していたその感情…それを知らされたプロデューサーは驚きを隠せなかった。

 

「…同じ事務所の子であってもそう思ってしまうのに…ましてや、何者なのかも全く分からない女の人とプロデューサーが話していたりなんかしたら…そんなの、不安でたまらないし、許せるはずがないよ…」

 

『許せるはずがない』

 

そう言ったのと同時に、彼女の抱きつく力が更に強くなったのを彼は感じた。

 

『…もしかすると、このまま彼女に抱きつかれたまま、ずっと離して貰えないのではないか…』

 

抱きついたまま離れるような気配が全く見られなかったため、彼はそんな事を考えたが、そんな彼の考えとは裏腹に、意外にもしぶりんは突然、その腕を彼から離し、抱きつくのをやめた。

 

「…えっ…?」

 

突然、彼女が抱きつくのを辞めた事に驚くプロデューサーに構わず、彼女は話を続けた。

 

「…でも、私がこうして今、プロデューサーに私の思いを伝えたんだから…きっと明日からはプロデューサーは、あの女の人と話すのをやめてくれるって信じるよ…」

 

『あの女の人と話すのをやめてくれるって信じる』

 

その言葉は彼女がプロデューサーの事を深く信頼しているとも読み取れるが、しかし一方ある意味、『やめてくれるよね?』といったよいうな威圧も感じられる言葉であった。

 

「…プロデューサー、私がずっとプロデューサーに対して思っていた事…今ここでしっかりと伝えておいたよ…私は、プロデューサーがきっとあの事務所に戻ってくるって信じてるから…」

 

「…」

 

「…だから、私はあの事務所でずっとプロデューサーを待っているよ…戻って来るって信じて…それじゃあ、プロデューサー、またね…」

 

そう言ってしぶりんはその場から立ち去って行った。

 

「あっ…しぶりん…行ってしまった…なんだったんだ、一体…。」

 

唐突に現れたかと思えば、唐突にその場を去っていってしまった彼女の行動に彼は全くついていけなかった様子であった。

 

ただ、『プロデューサーがきっとあの事務所に戻ってくるって信じてる』と彼女に言われた事で、プロデューサーを辞め、事務所を去った事に若干ながらの罪悪感をも感じた。

 

とはいいつつも、彼はプロデューサー業に戻るつもりはなかったのではあるが。

 

「…まあ、いいや…意味のわからない一日だったけど取り敢えず帰ろう…」

 

今日、一日の出来事に理解が追いついていない彼であったが、取り敢えずバス停へと向かっていった。

 

次の日、昨日と同じく彼は専門学校へと来ていた。

 

『あの女の人と話すのをやめてくれると信じている』

 

昨日のしぶりんのそんな言葉も何の意味も無く、プロデューサーは講義室に着くやいなや、その女性から呼びかけられ、プロデューサーも彼女の隣の席へと座り、話をし始めていた。

 

さて、時間は過ぎ、午前中の講義も終わり、お昼の時間へとなっていた。

 

プロデューサーと共に講義を受けていたその女性は、どうやら外でお昼を食べに行くらしく、彼にも『一緒にどうか』と誘った。

 

彼女のその誘いに、彼も乗り気ではあったが、少し考えた後、『今日はやめておきます』と丁重に断わった。

 

その理由は、『響子ちゃん』にあった。

 

彼女の事であれば、恐らく今日もプロデューサーへとお弁当を持ってきているに違いがない。

 

かと言って、響子ちゃんのお弁当を食べるためにその女性の誘いを断わった訳ではなかった。

 

むしろ、響子ちゃんに会わないためである。

 

公園に行かずとも、専門学校の建物の外へと出れば、響子ちゃんと遭遇をしてしまう可能性がある。

 

それを避けるため、昼の間もずっと専門学校の中へといることにしたのであった。

 

…勿論、彼女が嫌い、彼女のお弁当が食べたくない訳では無い…

 

然しながら、プロデューサーをやめたにも関わらず、しかも私的にアイドルと交流をするのはやはり正しくない事であると彼は考えていた。

 

しかも平日にも関わらず、わざわざ彼の元へとお弁当を持ってくる…。

 

もしかすると、彼女が通っている学校とこの専門学校は近距離にあるため、それが出来ているのかもしれないが(それを裏づけるように、昨日会った彼女は制服であった)それでもやはり、今やプロデューサーでもない自分の為にそのような事をすべきではない…彼はそう考えていた。

 

今日、彼女に直接会って、『もうこのような事はしないでいい』と彼女に伝えようとも考えた。

 

しかし、プロデューサーには、響子ちゃんの性格からして、もしかしたら、『もう持って来ないでいい』と言っても、聞き入れてくれないのではないかと考えていた。

 

その為、彼は元から響子ちゃんに会わないようにしたのであった。

 

響子ちゃんには大変気の毒な事であり、プロデューサー自身も少し心が痛かったが、敢えてそのような態度を響子ちゃんに示し続ける事で、お弁当を持ってくるのを諦めさせようとしたのであった。

 

もしかすると、朝に渡してくる可能性も考えられたが、この専門学校の午前中の講義の始まる時間は、普通の中学校や高校のような学校よりも始まる時間はだいぶ遅いため、普通にこの専門学校の講義の始まる来るようにすれば、そのような事もないだろうと考えた。(恐らく、彼女は朝に彼に会うのは難しいと分かっているため、お昼の時間帯にお弁当を渡しに来ているのであろう。)

 

「…1週間位、会わないようにすれば、彼女も諦めるんじゃないだろうか…」

 

そう考えて、彼は専門学校に来るまでの途中で買ってきたコンビニ弁当を食べるのであった。

 

さて、お昼の間、彼は建物の中にいたので当然ではあるが、響子ちゃんに会うことも無く、午後の講義の始まる時間を迎えた。

 

女性も、講義室の方へと戻っており、午前中と同じ席で、プロデューサーとともに講義を受けた。

 

そして、そのまま夜を迎え、その日一日の講義も終わり、彼は帰宅をする事にした。

 

女性が、『今日も途中まで帰りませんか』と誘って来たが、昨日のしぶりんを思い出した彼は、『すいません…今日は少し自習をしてから帰ろうと思いまして…誘ってくださったのに、申し訳ないです…』と言って、断わった。

 

もっとも、自習というのもどちらかと言えば嘘で、建物の中でスマホを触ったりしながら暫く時間を潰すだけであったが。

 

しぶりんに関しても、『1,2週間位、帰る時間を遅らせれば、会わないで済み、そのうち彼女も諦めるんじゃないか』と、彼は簡単に考えていた。

 

こうして1,2週間ほどは、女性には申し訳が無かったが、昼食や、途中まで一緒の帰宅を断る事に彼はしたのであった。

 

「さて、そろそろ帰るか…」

 

1,2時間程の時間が経った後、彼は家へと帰ることにした。

 

『流石に、ここまで遅い時間になればしぶりんも自分の事を待ってはいないだろう』

 

彼はそう考えながら歩いていた。

 

そうして、そんな予想通り、しぶりんに会うことも無く、彼はバス停へと辿り着いた。

 

そして彼女に会わず、バス停へと辿り着いた事に安心をした彼…であったが…

 

「…今日は、出るのが遅かったね…プロデューサー…」

 

…昨日も聞いた、その声に、思わずプロデューサーは後ろを振り向いた…

 

彼が振り向いたその先にいたのは…しぶりんだった…

 

「…し、しぶりん…まっ、まさか君は…ここで俺の事をずっと待っていたのか…!?」

 

「今日も、プロデューサーに会いたいって思っていたからね…2時間位は待っていたと思うけど…プロデューサーに会えるなら、それくらい何でもないよ。」

 

「…僕が最後まで現れない可能性は考えなかったのか…?」

 

「そうなったら、プロデューサーの家まで行くだけだよ。流石に家に帰らないってことは無いでしょ?」

 

『プロデューサーの家に行く』

 

彼女のその発言に、プロデューサーは『1,2週間位、会わなければ、そのうち彼女も諦めるんじゃないか』という自分の考えが甘かったという事を理解した。

 

そうして、しどろもどろになるプロデューサーをよそに、彼女は更に話を続けた。

 

「…そういえば、プロデューサー…昨日、私は『あの女の人と話すのをやめてくれるって信じる』って言ったけど…今日は、あの女の人と話してたりなんかしてなかったよね…?」

 

「えっ…そっ、それはだな…」

 

動揺をしていたプロデューサーは、『あぁ、勿論話してなんかないさ』としぶりんに言う事が出来ず、返答に詰まってしまうような状態になってしまった。

「…まさか…話したの…?」

 

しぶりんが、プロデューサーも恐怖を感じるような恐ろしい形相で彼へと詰め寄った。

 

「ひっ…!」

 

プロデューサーは、恐怖のあまり叫び声を上げたかと思うと、その場から逃げ去った。

 

後ろから、しぶりんの声も聞こえたが、構わず彼は逃げつづけた。

 

そして、暫く走っていると、横の車道に空車のタクシーが見えたために、彼は呼び止め、それへと飛び乗り、そのまま自宅を目的地として運転手へと伝えた。

 

直ぐにタクシーは、動き出しその中で、彼はその中で、大きく息を吐き出し、安堵の表情を見せた。

 

しかし、安堵をしたのもつかの間、明日からどうすれば良いのかといった不安が彼の中へと浮かんできた。

 

「…明日から、どうすればいいんだろうか…取り敢えず外には出ない方がいいかもしれないな…しぶりんは家にまで来るかもしれないけど…家に篭もってやり過ごすしかないな…」

 

中で彼が様々な事を考えているうちに、自宅の前へとタクシーは到着した。

 

いつもバスに乗って帰る時よりも、何倍もタクシー代を支払うはめになったが、今の彼にとっては、そんな事などはどうでもよかった。

 

そうして、アパートの階段を昇り、自分の部屋へと向かい、鍵を開け中へ入ろうとしたのであったが、その瞬間、彼は後ろから方を叩かれた。

 

「!?」

 

驚いて、振り向いた彼がそこに見たのは…

 

「…プロデューサーさん…何でお昼…来てくれなかったんですか…?」

 

見覚えのあるランチバッグを手に持ち、光の無い目でプロデューサーの事を見る響子ちゃんであった…

 

「…うわわわっ…!」

 

叫び声をあげ、家の扉を開けて中に入ろうとしたプロデューサーであったが、直ぐに響子ちゃんに腕を掴まれてしまった。

 

「…逃げないでください…私は、何で来てくれなかったかを聞いているんです…ほら…見てください…このハンバーグに卵焼き…プロデューサーさんに食べてもらえなくてかわいそう…」

 

響子ちゃんは、ランチバッグから弁当箱を取り出し、その蓋を開け、それを指さしながら言った。

 

「ひいっ…!」

 

咄嗟にプロデューサーは自分の腕を掴んでいる響子ちゃんの手を払い除けて、家の中へと入り、扉を閉じようとした…のであったが、次の瞬間、響子ちゃんの手が扉の隙間から差し入れられ、閉じるのを阻止された状況となった。

 

「…痛いっ…痛いですっ!プロデューサーさんっ!…早く開けてくださいっ!」

 

扉に手が挟まれたような状況となり、響子ちゃんはプロデューサーに早く扉を開けるように言い続けた。

 

流石のプロデューサーも響子ちゃんが痛そうにしている声を聞いて、扉を開けてしまった。

 

響子ちゃんにとっては、部屋に入るチャンス…出会ったはずだったのだが…扉に挟まれた手が、それなりに痛かったらしく、その場で手を押さえてしまっていた。

 

一瞬その様子にプロデューサーもひるんだが、我に返り、すぐに扉を閉めて鍵をかけてしまった。

 

「…プ…プロデューサーさんっ!開けてくださいっ!…何でですか…!プロデューサーさんっ!」

 

それから、長い時間、彼女のプロデューサーを呼ぶ声と扉を叩く音が扉の向こうでし続けており、その間プロデューサーは全身を掛け布団で覆い、恐怖で震えながら布団の中へと篭っていた。

 

やがて扉を叩く音も、プロデューサーを呼ぶ声も止み、不気味な程の静けさが少しの間、続いた。

 

「…私がこんなに呼んでいるのに…出てきてくれないんですね…プロデューサーさん…分かりました…今日は…大人しく帰ります…でも…明日もまた来ますからね…」

 

そうして、響子ちゃんはその場を去っていった。

 

響子ちゃんが去った後も、プロデューサーは布団の中で、ずっと怯えたままであった…

 

次の日、プロデューサーは扉がノックをされる音で目覚めた。

 

「うっ…!?」

 

昨日の夜の事から、響子ちゃんか、或いはしぶりんかと考えた彼であるが、どうやら、そのどちらでもないようであった。

 

「プロデューサーさん…いらっしゃるんですよね…?」

 

『…この声は…美優さん…?』

 

「…プロデューサーさん…貴方が私のプロデューサー、そして事務所からいなくなってからもう、何日も経ちました…でも、私は…やっぱり貴方がいない毎日には…とても無理なんです…だから…こうして会いに来ました…」

 

『…くっ…美優さんもか…』

 

昨日のしぶりんと響子ちゃんの出来事に散々な思いをした彼は、美優さんをも2人と同じであると考えた。

 

「…正直に言いますと…別にプロデューサーさんにあの事務所に戻って来てもらわなくてもいいんです…私が貴方のそばにいれるなら…」

 

『…戻ってこなくてもいい…?…貴方のそばにいれる…?』

 

「…ほら…この『書類』…私の方は、名前も書いて、『押して』来たんです…後はプロデューサーさんに書いて押して頂くだけなんですよ…?」

 

その書類が何であるのか…美優さんは言葉には出さなかったが、プロデューサーはすぐにそれが何であるのかを察した。

 

「だから…開けてくれませんか…?いらっしゃるんですよね…プロデューサーさん…?」

 

美優さんがずっと彼を呼び続ける間、昨日の響子ちゃんの時と同じく、恐怖で震えながら布団の中へと篭っていた。

 

それから暫く、プロデューサーの事を呼び続け、扉をノックしていた美優さんであったが、やがてノックをするのをやめた。

 

「…そうですよね…こんな大事なお話、突然持ってこられても、困りますよね…プロデューサーさんにもお考えをする時間が必要ですよね…すいません…。」

 

そうして美優さんは、プロデューサーに対して扉の向こうから謝った。

 

「…でも、私はきっと、プロデューサーがこの書類に、書いて、押してくれるって分かってますから…それでは、今日は取り敢えず、帰りますね…プロデューサーさん…」

 

そうして美優さんはその場を去っていった。

 

美優さんが去っていった後も入れ替わりで、彼がプロデュースをしていた様々なアイドルが来ては扉の向こうで彼のことを呼んだ。

 

「…私、プロデューサーさんの為に…もっとアイドルの練習頑張ります…だから…見捨てないで…お願い…」

 

「私…プロデューサーがいなければ、きっと…ツボミどころか芽でした…プロデューサーさんから教えてもらったことは、全部メモをしています…だから…もっと私に色んな事…教えてくれませんか…?」

 

「プロデューサーさん、今暇か?良かったら、私のオススメのアニメ、一緒に見たいんだけど…扉を開けてくれないか…?」

 

「…プロデューサーさん…御一緒に読書でも出来ればと思って伺ったんですが…お部屋に上がらせて貰えませんか…ほら、プロデューサーさんのお好きそうな本も持ってきたんです…」

 

「プロデューサーさん、資格を取ろうとしているって聞きました。良かったら、私と一緒に資格の勉強、プロデューサーさんのお部屋でしませんか?」

 

「…私…何か最近、新しい病気にかかっちゃったみたいなんだよね…プロデューサーさんのことを思い出すと胸のあたりが苦しくなってしまうっていうか…あと、プロデューサーさんの分のポテトも買ってきたけど…良ければプロデューサーさんの部屋で一緒に食べない?」

 

「プロデューサーさん…今日は、外がとてもいい天気ですね…こんな天気の日は、公園をお散歩したくなりますよね…。…だから、これから一緒にお散歩しにに行きませんか?」

 

「…開けてよプロデューサー…何で昨日は逃げたの…?ねえ…何で…?…何で何も反応してくれないの?…私のプロデューサーでしょ?…アイドルの疑問に答えるのは当たり前なのに…ねえ、何で…?」

 

「貴方の、いいお嫁さん、響子ちゃんですっ!今日から、プロデューサーさんのお部屋の掃除から、掃除やお料理まで何でも任せてください!…だから…この扉、開けてくれませんか…?…昨日の手のことに関しては、もう怒っていませんよ…?ちょっと怪我をやっぱりしちゃってたんで、絆創膏を貼ってますけど…だから、開けてくれませんか…?」

 

だか、どのアイドルの子に対しても、彼は扉を開けることは無かった…

 

次の日も、そのまた次の日もアイドル達が自宅を訪れてきたために、彼は専門学校に行くことはおろか、簡単に外に出る事すら出来ず、誰も来ないであろう深夜に外に出て近くのコンビニで食料を調達する毎日を過ごしていた。

 

『…僕が悪かったのか…?プロデューサーを辞めたことは、ただの普通の転職と同じようなものだと思っていたのに…何でだ…』

 

外に出れない状態が何日か続き、プロデューサーは、そのように考えるようになった。

 

しかし、ある日の事、今度はアイドルではない、ある人物がプロデューサーの部屋を訪れた。

 

「プロデューサーさん、お久しぶりです。私です、千川ちひろです。」

 

「…ち…ちひろさん…?」

 

その人物が、ちひろさんと知るや、彼は急いで扉を開けた。

 

「あっ、プロデューサーさん!」

 

「…ちひろさん…ううっ…」

 

と、ちひろさんの姿を見るや彼は泣き出してしまった。

 

「プ…プロデューサーさん…?どうしたんですか、一体…。取り敢えず、お部屋に上がらせて頂いてもいいですか…?」

 

「は、はい!是非上がってください!」

 

そうして、プロデューサーは、ちひろさんを部屋へとあげた。

 

…何故、彼がちひろさんは部屋へとあげたのか…それは、彼女がアイドルでなかった事、自分が辞める時に、アイドル達を説得してくれた事等が理由であった。

 

そして部屋にあがったちひろさんと、プロデューサーは、部屋の中で話し始めた。

 

「…そうですか…ちょっとは話を聞いていたんですが…やっぱりでしたか…」

 

「はい…もう、毎日アイドルの子達が、この家に来て…ノックはするわ…扉の向こうで喋りつづけるわで…外にも出れないんです…」

 

「…プロデューサーさんは…もう、プロデューサーではないのに…あの子達は…。」

 

「…どうすればいいんでしょうか…」

 

ちひろさんに助けを求めるような表情をした彼のその顔を暫くじっと見ていたちひろさんだったが、プロデューサーにあることを話し始めた。

 

「プロデューサーさん…良ければ、プロデューサーさんにアイドルの子達が近づいてこないように、私が暫くプロデューサーさんの傍にいましょうか…?私がプロデューサーさんのそばに入れば、アイドルの子達も近づかないんじゃないかな…と思うんです…」

 

「ち、ちひろさん…そ、そうですね!ちひろさんにそばにいて貰えたら、アイドルの子達も僕に近づいてこないかもしれませんね…。…でも、本当にいいんですか…?」

 

「勿論ですよ…プロデューサーさんと、私の仲じゃないですか…」

 

「…そんな…ううっ…ありがとうございます…」

 

「もう…泣かないでください、プロデューサーさん…。」

 

泣いている、プロデューサーの事を笑顔で見ていたちひろさんであったが、そんな彼女の心の中には、闇の感情が存在していた…

 

『…ふふふ、これでプロデューサーさんが、ずっと私に頼ってくれるようになって…もっと、プロデューサーさんと仲良くなれたら…プロデューサーさんは私のものに…。…そのためにも、アイドルの子達から、プロデューサーさんを守らないとね…。』

 

見方によっては何となく不気味ににも見える笑顔っちひろさんはプロデューサーの事を見ながら、プロデューサーの事を見つめていた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「プロデューサーさん、お昼ご飯、出来ましたよ!一緒に食べましょう!」

 

そう言って、ちひろさんがテーブルに、彼女の作った料理を持ってきた。

 

「あっ、ちひろさん…ありがとうございます…。…ちひろさんの作ってくれた料理を食べられるなんて…」

 

「ふふふ…プロデューサーさんが、お望みならこれから毎日でも作っていいんですよ…?…さあ、それより早く食べましょう、プロデューサーさん。」

 

そして、プロデューサーとちひろさんはテーブルで、一緒にお昼を食べ始めた。

 

「ううっ…美味しい…久しぶりにちゃんとした料理を食べた気がする…。」

 

「もう…泣かないでください…プロデューサーさん…。」

 

と、そうして食事をしていた二人であったが、突然扉がノックをされる音がし、それにプロデューサーが怯えるような態度を取った。

 

「…き…来た…また、アイドルの子だ…。」

 

「…落ち着いてください、大丈夫ですから、プロデューサーさん、私がいるじゃないですか…」

 

怯えるプロデューサーを宥めるようにちひろさんが言った。

 

「ち、ちひろさん!」

 

「プロデューサーさんは、そこにいてください、私が扉を開けて、アイドルの子を追い返してきます…」

 

そう言ってちひろさんは、席を立ち、扉へと向かっていった。

 

…これから、ちひろさんとアイドルの間、更にアイドル同士の間でプロデューサーを巡るかつてない争いが繰り広げられようとしているのを、誰も知らなかった…




お読みいただき、ありがとうございました。
ロジャー新田でございます。
今回は、退職をしたプロデューサーがアイドル達に追われてしまうという話でしたが、如何でしたでしょうか。
とはいいつつも、殆ど、しぶりんや響子ちゃんの話になってしまいましたね…オチはちひろさんオチとなりましたが。
色々なアイドル達が、プロデューサーの家を訪れるシーンで、智絵里ちゃんや今井加奈ちゃんを出しましたが、この二人を主体にした作品はまだ書いていないので、そのうち書きたいですね。
それではまた別の作品にて!!


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。