リハビリシリーズーデレマス短編集ー   作:黒やん

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案の定卒論に詰まって投稿←

三時間クオリティなので色々と問題あるかも……


袖振り合えば《三船美優》

彼女と出会ったのは二年前、それも見合いの席だった。

そうなったのは爺さん婆さんによくある『孫の顔が見たい』ならぬ『曾孫の顔が見たい』という我儘がきっかけだった。孫が二十歳を越えたということで三年前程からそれとなく見合いの話を匂わせていたらしい。孫娘である妹で我慢していてほしかったのだが、婆さんが孫嫁との触れあいをしてみたいといい歳こいて駄々を捏ねたようだ。むしろそっちの方が本命だったそうな。うちの親父も爺さんも入り婿だった影響か、仲のいい嫁と姑というものに憧れがあるらしい。これについてはマイマザーも同意していたというのは妹の談だ。

 

アホらしいとは思いながらも、最終的には渋々了承した。小さい頃はもちろん、家業を放り出して家を出るときも快く送り出してくれた家族である。何だかんだ言ってはいるが、二十三歳になって浮いた話もない俺を心配しているのだろう。だからと言って見合いは流石に大きなお世話だと言いたいのだが。

了承の返事を出した翌日には見合いの資料が速達で届けられた。早すぎるぞばっちゃん、とよくわからないツッコミを入れ、とりあえずそれを確認する。作業をしながらどうせ流れる話だしな、やら角が立たないように気に入られない方法とかねーかな、とか考えていると、何故か見合い相手の写真がなく、代わりに達筆で『当日まで秘密』と書かれた巻物が入ってあった。

仕込んだ本人であろうマイマザーに殺意を抱きつつ電話で真意を聞き出そうとコール音を鳴らすと、即座にやつの能天気な声が聞こえてきた。

 

『はいはーい、資料届いたー?』

 

「届いたー、じゃねぇよ。場所しかわからねぇだろうがこれ」

 

『さぷらいず、ってやつよ! こっちじゃ色々筒抜けだから出来ないしね』

 

一辺辞書でサプライズの意味を調べてみるといい。そして日本で使うのとは意味の異なる英単語にマーカー引いて恥をかけばいい。

そんな文句が喉まで出かかるが、何とか呑み込んで代わりにため息を吐く。この母親相手に怒ったところで暖簾に腕押し糠に釘だ。

 

「せめて名前だけは入れとけよ。相手に失礼だろうが」

 

『え? 名前入ってなかった? ごめん、それは本気の間違いよ』

 

「……はぁ。ほら、じゃあ口頭で良いから。別に書く訳じゃないし読みがわかればいいだろ」

 

『それもそうね。じゃあ相手の名前だけど』

 

――三船美優さん、っていうらしいわよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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そして見合い当日。結局全く気乗りがしないままこの日を迎えてしまった。まぁ運のパラメーターが振り切れてると評判の婆さんとマイシスターが選んだ相手だ、断ったとしても大事にはならんだろうと自分を励ましながら車を走らせる。方向音痴は自覚しているが、カーナビがあるので安心である。どうやら方向感覚と物探しについては妹に才能をむしり取られたらしい。他の運なら二人とも高いのだが。

そうこう考えている内に目的地に到着する。都内から少し離れたところにある懐石料亭だ。備え付けられた駐車場に車を置き、入り口をくぐる。予定時間にはまだまだ余裕がある。遅刻という、マナーは勿論人間性が問われるような心配はない。

 

「いらっしゃいませ」

 

店内に入ると、すぐさま従業員の人が案内に来た。店内の調度品も和で統一されており、奥の通路からは石庭がうっすらと見てとれる。予約していたことと、自身の名前を告げれば、こちらですと歩き出していく。それに着いていった先には離れだろうか、部屋ではなく建物があった。

 

「既にお連れ様がお待ちです」

 

告げられた言葉に、一瞬動きを止めてしまう。今の時刻ですら予定の時間の一時間前なのだ。それなのにもう到着しているとは……何時から待っていたのだろうか。

どう声を掛ければいいのかと困惑するも、店員さんは待ってはくれない。無情にもさっと襖が開かれる。その先にいたのは楚々とした所作で茶を飲んでいる女性だった。

青地の和服に身を包んでおり、長い髪をうなじの所で折り返し、後頭部で留めている。和服の意匠は勿忘草だろうか。控え目に言っても美人としか呼べないような容姿の女性だった。

その女性が襖が開けられた音でこちらを向く。暫くそのまま互いに目を合わせ続けていたが、やがて同時に我に返った。

 

「えー、は、はじめまして。依田悠人です」

 

「え? あ、はじめまして、三船美優と申します」

 

後ろでパタリと襖の閉まる音が鳴る。どうにも逃げ場を失ってしまったらしい。観念して三船さんの正面に置かれた座布団に腰を据える。

 

「すみません、お待たせしたようで」

 

「あ、いえ! こちらこそ勝手に早く来た挙げ句、先に店に入ってしまって……こういう席はその、初めてなものですから……」

 

どうやら三船さんもマナーに気を使いすぎていたらしい。それで少し空回ってしまったのだろう。落ち着いた見た目に反してドジなところがあるようだ。

 

「大丈夫です。実は僕も見合いは初めてでして。三船さんが先に居てくださったので少し落ち着いたくらいです」

 

「そう言って下さると助かります……」

 

本当は真逆で少し焦ったのだが、嘘を吐いておく。何となくそう言ってしまうと収拾が付かなくなりそうに感じたのだ。

 

そこから話は途切れなかった。三船さんを落ち着かせた後、こういう時は趣味の話をするべきなのか、などと少々譲り合いながら話を進め、好きなものの話では互いに動物好きだということで盛り上がった。

そうこうしている内に時間が過ぎ、退室時間になる。初対面とは思えない程に話は合ったが、俺も三船さんも親が勧めてきた話だ。ここで終わりだろう。

そう思って会計に立ち、半額出そうとする三船さんを楽しかったから、と制して代金を払う。すると何やら開店三周年とやらの福引きをやっていた。

 

「三船さん、引きますか?」

 

「いえ、お支払いして頂いたのにそれは……どうぞ、依田さんがお引きになって下さい」

 

と、苦笑いで言われたため、仕方なくくじを引く。こういったものを俺や妹が引いたときは結果が決まっているようなものだ。

出てきたのは特の文字。特賞は某遊園地へのペアチケット。狙っているのではないかと思うほどのラインアップだが、引いてしまったものは仕方ない。こういった席でこういう時に誘わないのも失礼だろう。

 

「三船さん、よろしければ一緒に行きませんか?」

 

「え? あ、えっと……」

 

自分に振られるとは思っていなかったらしく、三船さんは意味を理解することに少し時間を費やした後、ほんのり紅くなった顔で頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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そして約束の日。三船さんと遊園地に行く日である。二十も半ばの女性を遊園地に誘って喜ばれるかどうかは分からないが、当たったものだから勘弁願いたいところだ。

待ち合わせの駅の前で、三船さんからの連絡を待つ。最初は車で行こうと思っていたのだが、三船さんの方から帰りに食事はどうか、と誘われたため、車でなく電車で行くこととなった。三船さんは会社を辞めたそうだが、こっちは一般の社会人。自然と休日しか行けないため車の方がいいのではとは言ったのだが、この数日で連絡を取り合った中で唯一と言っていい押しの姿勢で来たため、思わず押しきられてしまった。

 

「依田さん! お待たせしました!」

 

スマホでもう一度遊園地までのルートを確認していると、声を掛けられる。三船さんだ。彼女の雰囲気に合ったジャケットにロングスカートという装いである。最近気温が下がっているために少し不安な服装ではあるが、よく似合っていた。

 

「いえ、今来たところですよ」

 

お決まりの言葉をかけて、駅へと進む。休日ということもあってか人が結構多い。人ごみに巻き込まれないように端を歩きつつ、三船さんの壁になるようにする。この当たりはマナー教本のような本から学んだ知識だ。

 

「すみません、壁になってもらって……」

 

「いえ、僕も男ですので格好つけさせてもらいますよ」

 

そう言うと、三船さんはくすりと微笑む。今日で終わりの関係だと割り切っているからか、素直に綺麗な表情だと感じた。

綺麗、といえば言い忘れていたことがあったか。

 

「三船さん」

 

「はい?」

 

「その服装、とても貴女に似合ってますよ」

 

そう言うと、三船さんは少しうつむき、消え入りそうな声でありがとうございます、とだけ答えた。

 

 

案の定、電車は中々混んでいた。座ることは出来ないものの、なんとか目的地以外では開かない側のドアの前を陣取ることに成功し、ドア、三船さん、俺の順に立っている。揺れがあるため、真ん中だと長時間は辛いのだ。

 

「結構混んでいますね……」

 

「休日ですしね」

 

「すみません、私が我儘を言わなければ……」

 

三船さんが少し暗い顔になる。数日だけの付き合いだが、この人は少々自罰的すぎる傾向にあることはわかっていた。俺はその言葉に笑顔で返す。

 

「了承したのは僕ですし、仕事でよく電車は使うので慣れてますよ。それより三船さんの方は――」

 

大丈夫ですか、と聞こうとすると、突如背中に圧がかかる。駅員が乗客を詰め込んだのだろう、何人もの人がふらつきながら奥へとなだれ込んで来る。

最初はなんとか耐えていたが、次第に耐えきれなくなり、圧に負ける。結果として俺は手を三船さんの顔の横につくことになり、右足も彼女の脚の間に入ってしまう。

 

「す、すみません」

 

「い、いえ……」

 

顔が熱い。きっと今俺の顔は真っ赤になっていることだろう。正面の三船さんの顔がトマトのようなのだ。まず間違いない。

それでも背中にかかる圧は駅に着く度に襲ってくる。何度もかかる負荷にとうとう突っ張っていた腕も折れ、三船さんに倒れ込むようになってしまった。丁度三船さんの顔が俺の鎖骨のところにあるため、俺は顎を引いて空間を確保する。

 

「三船さん、すみません……」

 

「い、いえ、わ、私は大丈夫れす」

 

「れす?」

 

「~~!?」

 

思わず聞き返してしまったことに後悔するも、時既に遅し。目の前にあるのは今にも沸騰しそうなくらいに真っ赤に染まった三船さんの顔だった。恥ずかしさがピークに達したのか、俺の腰に手を回し、胸に顔を押し付けて隠してくる。……これはこれで後で思い出して悶えるパターンな気がしないでもないが。

 

「すみません、つい」

 

「……依田さんは、いぢわるです……」

 

三船さんは顔を押し付けたまま、そう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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遊園地に着くなり、三船さんは子どものように目を輝かせてはしゃぎ始めた。先程のことを忘れたいのだろうと思っていたのだが、ジェットコースターの待ち時間の時に、地元にいた頃は引っ越しが多くて余裕がなかったので遊園地に行こうとしたこともなかったと話してくれた。都会に出てからも忙しいのと、生来の人見知りが災いして機会がなかったとのこと。それが見合いで会った男と来ることになっているのだから、人生とは不思議なものである。

しかし俺自身は三船さんのことをどう思っているのだろうか。俺は少々特殊な環境で育ったために、未だ世間知らずな部分が多々ある。周りにいる女性といえば妹を始めとする家族、後は職場の先輩や同僚くらいのものだ。そういう意味では三船さんはプライベートで会う初めての女性なのかもしれない。

確かに三船さんといるのは楽しい。波長が合う、というべきか。一緒にいてストレスを感じないというのがしっくり来る。好きな人であるのは確かだ。

しかしこの感情が友愛か恋愛かが分からない。何故なら今までに経験が無いのだから。今は少なくとも向こうに嫌われている訳ではないということしか分からない。

 

「て、手は離さないで下さいね……?」

 

「はい。わかってますよ」

 

ともかく、現在はお化け屋敷の中である。この遊園地の目玉だとパンフレットに書かれており、『日本最長、最恐』が売り文句だそうだ。お化け屋敷と聞いたときに三船さんがびくりと体を震わせたのでやめておこうかと聞いたのだが、それが彼女のなにかの琴線に触れたようで行く、と言って譲らなくなった。

列に並んでいたときは「怖かったら頼ってくれてもいいですよ?」と強がっていたが、いざ入ってみると俺の左手を同じく左手で握り、涙目で腕にすがり付いているというザマである。ぷるぷると震えながら「離さないで下さいね? 絶対ですからね?」と訴える姿は小動物のようで可愛らしい。この人ホラーとか絶対見れないタイプじゃなかろうか。さっきから小さな音や自分たちの影にまで反応するので、俺は逆にものすごく冷静になっていた。

 

「そんなに怖いなら、言ってくれればよかったんですが……」

 

「わ、私もこんなに怖いとは思ってなかったです……」

 

そこまで言ってから目の前に飛び出してきたろくろ首の作り物に悲鳴を上げ、俺の腕にしがみついてぷるぷると震える三船さん。大丈夫ですよー怖くないですよー、と声をかけながらゆっくりと進み、ようやく出口から外に出る。ものすごく長い距離があったが、途中脱出口もないので完走せざるを得なかったのだ。

 

「ほら、三船さん。もう外に出ましたよ」

 

外に出ても一向に離れない三船さんに声をかけるが、恥ずかしそうにちらちらとこちらの顔を見上げてくるだけだ。どうしたのか、とその様子を見ながら返事を待つと、うう、と唸った後に頬を染めて切り出した。

 

「腰が抜けてしまったみたいで……一人で歩けそうになくて……」

 

「なら、その辺りに座りましょうか」

 

「い、いえ、出来るなら、あちらに……」

 

そう言って三船さんが姿勢を向けた先には、観覧車があった。

 

 

そのまま観覧車に乗り込む。あの格好のまま列に並ぶのは中々に恥ずかしいものがあったが、自分の意思を出した彼女が頑固であることはわかっていたため、何とか我慢した。当の本人はその内倒れるのではないかと思うくらいに赤面していたが。

中に乗り込み、片側に三船さんを座らせ、反対側に座る。三船さんが小さくお礼を言ってくるのとほぼ同時にゴンドラのドアが閉まった。

 

「あの……今日は振り回してしまってごめんなさい」

 

「いえ、少し昔を思い出して楽しかったですよ」

 

妹にねだられて遊園地に連れていったことを思い出す。普段はマイペース極まりなく、どこか達観したところのある妹が年相応にはしゃぐ姿は微笑ましいものがあった。三船さんをそれに重ねるのは失礼かもしれないが、実際その時とよく似ていたのだ。

 

「そう言って下さると……遊園地にはよく来られていたんですか?」

 

「数回妹と行ったくらいですかね。東京に来てからは一度も」

 

「そうですか……」

 

「三船さんは、初めてでしたか。楽しんでもらえましたか?」

 

「はい、とても。思わず年を忘れてはしゃいでしまって……」

 

「まぁ、次は苦手なものは早めに言っておくようにしましょうか」

 

「すみません、ご迷惑をおかけしました……」

 

口では謝っているものの、表情は楽しそうである。楽しかったならなにより、といったところだろうか。

 

「でも……不思議です」

 

「どうしました?」

 

「……あまり説得力がないかもしれませんが、私は自他共に認めるほどの人見知りで。なのに、依田さんにはそんなことが全くなくて……。むしろ、貴方と一緒にいるととても落ち着くような感じがしているんです」

 

そう言って、少しは治ってきたのか、手すりを頼りにしながらではあるが立ち上がる。そしてそのままこちらに寄り、俺の隣にすとん、と腰を下ろした。

 

「三船さん?」

 

「ほら、こんなに近くても……落ち着いていられます」

 

ドキドキはしていますけど、と付け足すが、三船さんはそこから動く気配を見せない。赤い顔で柔らかく微笑んでいるだけだ。その顔から俺は少し顔を逸らしてしまう。何だかとても気恥ずかしくなってしまったのだ。

それを見越してかは分からないが、三船さんはそのまま肩を寄せてきた。

 

「……今日、この後ですが、よろしければ……私の家に来てくれますか?」

 

「家に……ですか?」

 

「はい。実は、今日の晩はごちそうしようと考えていたんです。この前はごちそうになりましたし……」

 

ね? と微笑む三船さんに、俺は頷くことしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「ご馳走さまでした」

 

「はい、お粗末様でした」

 

語尾に音符が出るのではないか、というくらいの上機嫌で三船さんが食器を下げていく。手伝うと言ったのだが、ゆっくりしていて下さいとやんわり断られ、すごすごとリビングに戻る。出てきた品は肉じゃがとほうれん草のお浸しという定番と言えば定番のメニューだったが、そんなことが気にならないくらいに美味しかった。

三船さんの家はマンションの1LDKだった。最初は女性の家にお邪魔しているということにとても居心地が悪かったのだが、どこからともなく漂ってくる良い香りに気を取られると、それ以降はあまり意識しなくなった。見合いの時に言っていた趣味のアロマだろうか、とてもリラックスする良い香りだった。

それから食事になると、三船さんに味を聞かれて美味しいと素直に伝える。それから三船さんは今のように上機嫌になっていた。

 

その後しばらく三船さんがおすすめだという映画を見たり、普通にやっていた番組を見たりとのんびりしていたのだが、やがて三船さんがウイスキーのボトルとグラスを二つ用意して持ってきた。

 

「依田さん、お酒は大丈夫ですか?」

 

「え、はい、大丈夫ですが――」

 

「良かった。せっかくだから、少し奮発していいウイスキーを買ってみたんです」

 

私はそこまで強くないのですが、とそう言って三船さんは二つのグラスに氷を入れてから琥珀色の液体を注ぎ込む。ワインは苦手なので、ウイスキーをチョイスしてくれたことはありがたいのだが、大丈夫なのだろうか。何せ時間が時間なのだ。終電までほぼ時間がない。さっきもそれを言おうとしたのだが、三船さんに遮られてしまった。

幸い俺は酒には強い体質だ。三船さんには悪いが、少し早めに煽って終電に間に合わせるとしよう。そう考えて乾杯の後、三分の二ほどを一気に煽る。ウイスキー特有の強いアルコールと木の香りが喉を滑り落ちて行った。しかしながらウイスキーにしては不自然な甘味も感じる。これは――

 

「三船さん、これウイスキーじゃなくてブランデー……」

 

「え? あ、本当ですね。私、ブランデーは初めてかもしれません」

 

しかもよく見ればヘネシーのVSOP、それもオールドボトルである。このサイズだと一本二万強はする逸品だ。奮発したにもほどがある。

しかし問題はそうではない。その後の三船さんのセリフである。

 

「あ、美味しい……」

 

「そうですね。でも水を用意しておいた方が……」

 

「ふふ、大丈夫ですよ。私、ウイスキーだと一杯や二杯くらいなら大丈夫ですから」

 

と言いながら中身の減った俺のグラスに酒を注ぐ。いや、俺はいい。ブランデーは呑んだことがあるが、上司の奢りだからと調子に乗ってボトル四本を一人で空けた時でも気分はふわふわしたものの、二日酔いすらしなかったのだから。問題は三船さんである。

 

 

 

「んにゅう……」

 

結果はこれである。三杯目の半ば辺りで、三船さんはこてんと横になり、そのまま寝息を立ててしまっている。ウイスキーが得意な人はブランデーに弱いというのは何処かで聞いた話だが、本当にそうだとは思っていなかった。

しかし三船さんが眠ってしまった。更に言うなら危なくないかはらはらして、三船さんを止めようとしている内に終電の時間も過ぎ去ってしまった。タクシーで帰るにしても家主が眠ってしまった今、鍵を開け放して帰るのも無用心極まりない。一体どうしろと言うのだろうか。

仕方がないのでソファに三船さんを寝転ばせる。流石に寝室に無断で足を踏み入れる訳にはいかないだろう。幸い今日は三連休の初日だ。一日徹夜したところで、帰ってから寝れば問題ない。それほどスペースがあるわけでもないので、ソファの横に背を預け、スマホにイヤホンを付けて音楽を聞く。寝ているところを起こすのも悪いと思って音は最小限だ。同じ理由でテレビも消してある。照明については、申し訳ないが寝てしまった自己責任ということで我慢してもらおう。

ふと三船さんの方を見れば、穏やかな顔で気持ち良さそうに眠っている。無防備過ぎないかと思うと同時に、遊園地の観覧車での出来事を思い出してしまい、少し顔が紅くなった。

 

その日からだろう。俺が三船さんを――美優を意識するようになったのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「――悠人さん? 大丈夫ですか?」

 

心地よさを感じながら、誰かの呼び声で意識が戻ってくる。ああ、そうだ。東北の温泉に旅行に来ていたんだった。どうやら浸かったままうとうととしてしまったらしい。

 

「ん、ああ。少しうとうとしてたみたいだ」

 

「ならいいですけど……。あまり、無理はしないで下さいね?」

 

「わかってるよ」

 

自分の誕生日ということで、美優が張り切って全てのプランを立てた旅行だ。前々から旅行に行こうとは言っていたのだが、まさか混浴の温泉を恥ずかしがりやの美優が選ぶとは思わなかった。

ちゃぷん、と水音を立てて美優が隣に来る。いつもは後ろで括るか下ろしている髪は、初めて会ったときのように後頭部で纏められている。あの時と違うのはお互いの距離感だろうか。

腕と足を伸ばし、ほぅ、と深く息を吐く。湯に浸かったまま体を伸ばすのは気持ちいい。これはきっと日本人としての性だろう。

 

「何か夢でも見ていたんですか?」

 

「んー、美優と会ったばかりの頃のな」

 

結局あの翌日、目を覚ました美優には物凄い勢いで謝られた。涙目のまま何度も頭を下げられたのには苦笑いするしかなかったが、同時に見合いの時に一目惚れしただの、お酒の力で勇気を出そうとしただのと自爆していたのは、今から考えれば美優らしい。

そして付き合い始めてから俺は口調を崩したのだが、美優は敬語のままだった。何でも引っ越しが多かった影響であちこちの方言が無意識に混ざってしまっているのだとか。子ども相手だと標準語で話せるが、同年代相手ではおかしなことになるらしい。別に構わないとは言ったのだが、私が恥ずかしいんです! と押しきられてしまった。

 

「ああ、お見合いの」

 

「遊園地あたりもだけどな」

 

「それは……うう、いつ思い出しても恥ずかしい……」

 

照れてそっぽを向く美優を見て、変わらないなと笑ってしまう。あれから何度も色々な場所に出掛けたのだが、美優は頼りがいを見せようとしたり張り切っていたりすると、たいてい何かドジを踏んでしまう。それで恥ずかしい思いをしては顔を赤くして拗ねてしまうのだ。そんなところも可愛いな、と思ってしまうあたり、俺も大概ひねくれているのかもしれないが。

ごめんごめん、と陽気に謝りながら、美優を抱き上げ、自分の膝の上に乗せる。湯の温かさとは違った美優の温もりがとても心地よかった。

そのまま後ろから抱き締めれば、もう、と口で拗ねたような声を出しているものの、もたれるように体重をかけてくる。湯の中で、美優が左手を俺の左手に重ねた。

 

「なぁ、美優」

 

「……なんですか」

 

「今度のお前の誕生日、プレゼントは何がいい?」

 

拗ねているんだぞ、というポーズを崩さない美優に、話題を替えて話を振る。俺と美優は誕生日が同じ月なので、ほぼ連続して予定を立てていた。これまでは美優に内緒で毎年プレゼントを用意していたのだが、今年は美優の欲しいものを用意しようと考えていた。丁度話題には良かったため、ここで聞いておこうと思ったのだ。

 

美優はそれを聞くと、頭を俺の右肩に寄せ、首を傾けて目を合わせてくる。

 

「今は……買って欲しい物はありませんね。今がとても幸せで、来年も……再来年も、こうしてあなたと温かい春を迎えたいとは思っていますけど」

 

逆上せてきたのか、それともただ単に恥ずかしいだけか。美優の頬に朱がさしている。柔らかくはにかんでいる美優を見ていると、こっちまで暑くなってきてしまった。

 

「なら、先ずは来年もこうして旅行に来ようか」

 

「はい。そうできれば……私は、幸せです。それで、誕生日のプレゼントですけれど……」

 

「ん? 欲しいものはないんじゃなかったか?」

 

聞き間違えたのか、と思っていると、美優は悪戯っぽく微笑む。

 

「買って欲しい物はありません。でも……欲しいものは、あります」

 

「そうなのか?」

 

「はい。……そろそろ、新しい家族が欲しいです」

 

美優の言葉に一瞬固まってしまったが、すぐに小さく笑ってしまった。なるほど、それは確かに買えるものではない。互いに二十代も半ばを過ぎた。確かに、時期としては丁度いいのだろう。

しばらく美優と笑いながら見つめあっていたが、不意に彼女が両目を閉じる。美優が求めているものを理解した俺は、そのまま彼女に唇を寄せた。

 

揺れる水面に、重なった左手の揃いの指輪が淡い月明かりを映し出していた。






・依田悠人
美優さんに一目惚れされた人。そして無意識に一目惚れした人。妹が最近人間ではなく現人神じゃないかと疑われている模様←
名前が決まったよ! やったね悠人くん!←

・三船美優
岩手県出身、26歳(冒頭では24歳)。クール。作者が三船さんのSSR引いてから一向に他のSSRがこない←

・見合い
妹が偶々鹿児島でやってた某一富士二鷹三茄子な名前の神様の握手会に参加し、たまたま直後に家に呼び戻された後、たまたま見合い写真を選んでいたばばさまを尻目に美優さんの写真をたまたま神様と握手した方の手ででしてー、と一本釣りなされた結果。トリプル役満である。

・さぷらいず
反省も後悔もしていない! by依田母

・電車の中
壁ドンからの抱擁。

・「いぢわるです」
『じ』ではない、『ぢ』だ(力説)

・涙目ぷるぷる
かわいい。

・顔真っ赤
かわいい。

・「新しい家族が欲しいです」
エロい←

・遊園地に行ったことがない
・方言が混ざってしまう
・仕事を辞めた
全て作者のご都合に合わせた結果です。許してくださいなんでもしま(

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