翌日、文香さんは一度家に帰った。1日遅れの影響誕生日会ということで、なんか俺のジャージじゃなくて私服に着替えたいらしい。汚いって意味じゃないよね、大丈夫だよねその辺。
で、せっかくなので文香さんには13時から改めて来てもらう事にして、飾り付けや準備を始めた。とりあえず、誕生日なのでテキトーに色紙を細長く切って丸くして紐っぽくした奴、アレを部屋の壁に貼っつけた。
「………これいるかなぁ」
なんか別に必要ない気がして来た。せっかく作ったわけだけど、いざ自分が作ったものを飾るってなると、なんか恥ずかしいわ。
………まぁ、せっかく作ったんだし貼るけれども。
こう、良い感じに紙の紐を飾り付けた後「文香さん、誕生日おめでとう」という垂れ幕を装着。よし、こんなものか。
部屋の飾り付けを完成させると、食材を冷蔵庫から出した。
本来なら文香さんの家でやる予定だったため、その時に持っていく用の食材は揃っていた。飯を炊いてサラダをカットして、その上に刺身を添え、コーンスープを作り、あとはチキンステーキ。完璧過ぎて涙が出る。
「………いや、待て」
まだ13時まで時間がある。今から作ったら冷めるだろ。ケーキだ、ケーキを焼こう。やっぱお手製のものが良いよね。
ケーキの作り方をググって、そこから若干アレンジすれば良いよね。美作昴じゃないが、アレンジは得意だ。
で、ケーキを焼き始めて飾り付けも終えて、クラッカーも買ってゲーム機も用意して……あとはなんだ?こんなもんか?こんなもんだな。
「っと、そろそろ料理作り始めないと」
鶏肉は火が通るの遅いし。
さっき考えていた料理を作り終え、机の上に並べようとした。そこで、アクシデントが起こった。机の上に料理が乗り切らない。これはマズイ。ダサ過ぎる。もっと考えて作るべきだったな……。
いや、作ってから後悔しても仕方ない。とりあえず、どうするか考えないと。その時、俺の視界に入ったのはこの前のネットショッピングの段ボール箱だった。
「………こいつは使える!」
ちょうど、うちに椅子はなかった。机がちゃぶ台だから。これにテーブルクロスっぽくタオルを置けば……うん、段ボール机は俺が使えば良いか。
料理を並べてると、ピンポーンと音が鳴った。お、文香さんかな?ちょうど準備終わったし、驚いてもらおう。
俺はウキウキしながら扉を開けた。
「文香さん?待ってまし………」
「………あ、千秋くん。お待たせしました」
「………………」
「……す、すみません。予定より早かった、ですよね……?でも、そのっ……楽しみ過ぎて………」
「………………」
「…………千秋くん?」
「………………」
俺は返事をすることができなかった。何故なら、目の前の文香さんの服装がすごかったからだ。
肩丸出しのクリーム色っぽい色の服。何これエロ可愛い鼻血出そう。ボーッとした表情で文香さんを眺めてると、ムッとした表情の文香さんが俺の頬を抓って正気に戻った。
「………いだだだっ⁉︎」
「………もう、何をボーッとしてるんですか?」
はっ!そうだ。文香さんは玄関の前だし、こんな所を周りの人に見られたらマズイ!
「は、入って下さい………!」
「……はい、お邪魔します」
文香さんを部屋の中に入れてドアを閉めた。あーヤバい、何あの文香さん。赤くないのに通常の3倍可愛い。普段も鬼可愛いけど。
………いかんいかんいかん、文香さんがあんなけしからん格好してるなんて理由があるはずだ。馬鹿みたいに似合ってるけど文香さんが自ら好んで買ったとは思えないし。
俺は咳払いをすると、頬をかきながら聞いた。
「………あの、文香さん?」
「? なんですか?」
「………そ、その服装は一体……」
「…………似合ってませんか?」
「いえ、それはない。SEEDの世界のナチュラルよりナチュラル。…ただ、その……文香さんらしくないなーとは思いまして………」
「………そ、それは、確かに私が選んだ服ではない、のですが……」
文香さんは顔を赤くしながら、ポツリポツリとその服を購入した経緯を説明し始めた。
「………その、一週間ほど前に、せっかく誕生日なので……その、千秋くんにっ、かっ、可愛いと言ってもらえるよう……お店で流行の服とかを、聞いてみまして……それで、店員さんが『小悪魔』とおっしゃられて……そのまま勧められるがまま………」
「………………」
「……ちっ、ちなみに、買ってから今日まで着ませんでした。………ですから、その……初のお披露目なのですが……ど、どうでしょうか…………?」
恐る恐る、といった感じで質問して来る文香さん。どうでしょうか?だって?そんなもん、答えは決まってる。
「メチャクチャ可愛いです」
「っ………」
顔を真っ赤に染め上げる文香さん。可愛すぎて吐血しそう。もう結婚しちまおうかなー。
あ、ダメだ。でも理性がやばい。小悪魔どころかサキュバスの淫夢サービスまである。
「さ、さて、それより飯にしましょう!出来立てなのが冷めちゃう」
俺は逃げるように居間に向かった。文香さんも付いてきて、食卓を見るなり「わあっ……」と感嘆の声を漏らした。
「………これ、全部千秋くんが作られたんですか?」
「はい、まぁ」
「………すごい、美味しそうです……」
目をキラキラと輝かせているふみふみ可愛い。でも肩の露出が眩しくて直視出来ない。
まぁ、喜んでもらえるなら嬉しい。味の方も問題ないし、飯にするから。
「よし、じゃあ食べましょう」
「………はい」
文香さんはその場に座り、俺は冷蔵庫の中を見た。
「何飲みます?」
「……何があるんですか?」
「コーラとジンジャエールと午後ティーと……」
「………もう、買いすぎですよ?」
「あと、これ」
俺はニヤリと微笑んで冷蔵庫からほろ○いの缶を見せた。
「…………お酒?」
「今年で20歳ですよね?飲むかなーと思いまして」
「………どうやって買ったんですか」
「……………」
「………後でお話があります」
なんてこった、まさか怒られるとは。ていうか、その格好で怒られると少し興奮するな。
って、ダメだってば。文香さんに手を出すのはアイドルを引退してから。
「と、とにかく飲みます?」
「………いえ、結構です。まだお昼ですし」
「……夜は飲むんですか?」
「………少しでしたら。せっかく買っていただきましたし、私が飲まなかったら千秋くんが飲むしかありませんし」
いや、それはそれで高垣さん辺りにあげようと思ってたし。俺の知り合いで20歳超えてる人ってあの人だけだし。
まぁ、そういう事なら置いておくか。
「じゃあ、何飲みます?」
「………ミルクティーで」
「はい」
氷をコップに入れて、その中にミルクティーを淹れた。俺の分はジンジャエールにして、二人分のコップを持って文香さんの待つ机の前に座った。
「じゃあ、文香さん。誕生日おめでとうございます」
「…………ありがとうございます」
コップをカチンと軽く当ててジュースを飲んだ。で、昼飯を食べ始めた。
「んっ……このチキンステーキ、とても美味しいです」
「良かったです」
「………なんか、最近千秋くんの手料理を食べて思うんです」
「?」
「……………私、もっと頑張らないとって………」
「………………」
すみません、料理上手くて。飯を食いながら謝った。
「で、でも文香さんの料理もすごく美味しいですよ?」
「………大丈夫です、気を使わないでも。私も、今まで本以外に興味を示さなかったからだって分かってますから………」
いや、そんな風に凹まれても困るんだけど……。俺がなんて言えば良いのか戸惑ってると、文香さんは微笑みながら言った。
「………ですから、千秋くんと知り合えて良かったです。私の中の世界を、広げてくれましたから」
「っ………」
こ、この人はなんでそういうことを平然と………!お陰で「ま、その広がった世界って二次元なんですけどね」ってツッコミ損ねたじゃねぇか………。
「………千秋くん、顔赤いですけど、照れてるんですか?」
「…………うるせーです」
肩の露出がすごい気になるんだよ。
「……可愛いです」
「うるせーです!」
本当にうるせぇ。この人、テンション高いと人のこといじって来るんだよなぁ。まぁ、そういう少し意地悪なとこも可愛いんだが。
「………コーンスープもお刺身も美味しいです」
「初めてですよ、飯でこんなに力入れたの。今日は特別ですからね」
「………千秋くんの次の誕生日、絶対に私も力入れますからね」
「それは楽しみにしてます」
ま、空回りして自分じゃ収集つかなくなって、結局速水さんあたりに協力を仰ぎそうだけど。ま、こんな事、口が裂けても言えない。
「………なんですか?」
「えっ?」
「………今、何か嫌なこと考えてる顔してました」
エスパーかよ。ま、からかわれた仕返しだ、絶対に教えない。
「知りませーん」
「……むっ、教えて下さい」
「わかりませーん」
「………な、なんですか!教えなさい!」
「ちょっ、揺らすな揺らすな。チキン食えない危ない」
ていうか、胸が揺れてる。肩丸出しだから尚更。
すると、ムッとした文香さんは俺を睨んで言った。
「……教えないと幻術にかけますよ!」
何言ってんの?もう酔ってんの?
「月読できるもんならして下さいよ」
「ぐぬぬっ………」
この人も大分毒されたなぁ。ていうか、本当はそんなに怒ってないだろ。
「………そういえば、テストは大丈夫なのですか?」
「テスト?」
「……夏休み前の期末試験では追試だったじゃないですか」
「………あー、問題ないですよ。俺はほら、あとから楽したいタイプなんで、中間は真面目にやってるんですよ。中間である程度は取っておけば、期末は楽出来ますから」
「………まぁ、千秋くんが大丈夫と言うなら」
「それに、今年はクリスマスがあるので尚更気合い入れてます」
「? クリスマスは毎年あると思いますが……」
「………非リアにクリスマスはないんですよ」
「あー……なるほど」
「でも、今年は文香さんがいますから。ま、多分冬コミデートになりそうですが」
「あー……コミケですか」
今更だけど、アイドルからコミケって単語が出るのすごいな。少し申し訳なさすら感じる。本当すみません、こっちの世界に引きずり込んでしまって。
「あ、でも文香さんがコミケ以外で行きたいところがあったら、そっちでも良いですよ」
「………はい。まぁ、それはもう少し後で決めましょう」
「そうですね」
飯を食べながら頷いた。うん、サラダも美味いわ。
「………でも、私はどんなクリスマスでも、千秋くんと過ごせるなら楽しみですよ?」
「………そうですかっ」
「……あ、また照れた」
「な、なんですか。今日はすごいご機嫌ですね」
「………それは、まぁ……千秋くんにお誕生日を祝っていただいてますから」
「………喜んでいただけて何よりです」
俺はまた照れたのをバレないように顔を背けた。まぁ、バレてると思うけど。
「……………あの、千秋くん」
「?」
あれ、またいじって来ると思ったら違った。改まった感じで何の話だろう。
「………何故、先ほどから目を合わせてくれないんですか?」
「…………えっ?」
「………いえ、その……朝はそうでもなかったのに、お昼になって急に目を合わせなくなったな、と思いまして……」
「……………」
「……あの、私、何か変ですか?」
………どうしよう。あなたの服装がエロすぎるんです、とは言えない。でも、このままじゃ文香さんを傷つけてしまうかもしれない……。
しかし、文香さんは俺の嘘を看破する能力に長けてるからなぁ……。
「…………すぅー、はぁ……」
深呼吸をすると、正直に話す事にした。
「………そ、その……」
「なんですかっ?」
うっ……さっきと違ってムッとしてる………。
「………ふ、文香さんの服装が……」
「………や、やっぱり変でしょうか……?」
「……………エロいんです………」
「………………はっ?」
「…………露出してる肩、強調されてる胸、匂いを嗅ぎたくなる脇の下、全部がもう……」
「かっ、解説しないでください!」
「はい」
カアッと顔を赤くする文香さんが可愛かったが、その服装で顔を赤くされるとエロさしかないので、むしろやめて欲しかった。
「…………」
「…………」
二人で顔を赤くしながら俯いた。何これ、お見合い?みたいな空気が流れ始めた。もう付き合ってんのに。
すると、文香さんが俯きながらポツリポツリと呟いた。
「………じ、じゃあ、その……次からこの服は控えますね……」
「えっ?」
あ、いや待って。
「ち、ちがいます!別に悪い意味でエロいんじゃないんです」
「?」
「………そ、その……その服、俺は好きですから……エロいけど……。ですから、その……また今度、着て下さい……」
「………………」
文香さんはキョトンとした顔で俺を見ると、顔を赤くしながら且つ、嬉しそうな表情で文香さんは微笑んだ。
「………わかりました」
「………よ、よろしくお願いします」
「…………は、はい」
なんか顔を赤くして俯きながら、とりあえずお互いに恥ずかしくなったので、黙々と飯を食った。さっきまで美味かった飯が何の味もしねぇや……。