このアルバムには悪い曲が三つある。#2『Climber's High』、#8『ハレルヤDrive!』、#12『My LIVE』である。歌詞を除外してみると、純粋に楽曲と沼倉さんの歌声が衝突していて、両方を壊し合っている。
アルバムを聴いた人はこの三曲がいわゆる「ハードロック」系の曲であると思い当たるだろう。簡単に言えば、沼倉さんの声の波形は高音のエレキギターと似通っていると思われる。なのでHR系統のバンドサウンドではエレキギターの音域と衝突してしまい、曲が分裂してしまう。沼倉さんを聴きたいのにギターがウザいのである。この三曲では、沼倉さんがシャウト風味の歌い方をしているところも致命的だ。いわゆるハードロックを歌うには沼倉さんの声はきれいすぎてキメが細やかすぎる。がなり立てる歌い方は、完璧な声を自ら割って壊してしまうから、やめたほうがいい。沼倉さんの完璧な歌声の唯一の弱点は、HRの楽曲と相殺し合うところだ。
#1『叫べ』くらいなら、声がそこまで割れていないから、まだ大丈夫。響の『Dream』や『Is This Love』や『オーバーマスター』のように、激しい曲でも声を制御して歌う歌い方が、沼倉さんの声の力を最高に引き出してくれる。
現時点で言うと、沼倉さんはHR方面での歌い方を「模索中」ということになるが、方向性は過去に出ている。『オーバーマスター』がそれだ。あの曲は素晴らしい出来であり、今回のアルバムの三曲と明らかに違うところは、ハードロックでなくメタルの音であるところだ。ギターを重くして低音に沈めれば、どんなエレキギターのソロよりも美しい沼倉さんの声とは、引き立て合うはずだ。『オーバーマスター』の実例からみれば、沼倉さんに合う曲は「ハードロック」よりも「メタル」の音である。次作では制作陣がそこに気付いてほしい。#12は楽曲的には『オーバーマスター』のようなメタル寄りなのだが、歌い方がシャウト系で声が割れているために『オーバーマスター』には全く及ばない。たとえば#12とCyntiaの『Limit Break』を聴き比べてみれば、#12は良いHRバンドの劣化版にすぎないことが解ってしまう。楽曲の音をHRからHMにすること、沼倉さんが歌声を制御して演舞すること、この二点が重要なのである。
わたしは沼倉さんの歌声は世界一美しいと思う。いまの文明が滅びるまでにこの声を超える歌い手が現れるかどうか疑問だ。響が言うように『完璧』である。
たとえばアイマスでは千早の歌は非常に素晴らしいが、それは人間の素晴らしさである。沼倉さんの声は、千早のように悲劇性を背負って輝く声ではない。空に浮かんでいるように、完璧なものが唐突にある。そういう声なのだ。だから人間のようにハードロックをがなり立て、地べたから天上を眺めて叫ぶ必要はもともとない。自らを人間に貶める必要は全く無用である。
発売前に『Climber's High』を聴いていたから、期待はできなかったのだが、アルバムを聴いてみると上の三曲以外は素晴らしいものだった。長年響と「連れ添って」いるからか、響と沼倉さんの双方から接近し合っている感を受けて非常に感慨深い。まさに聴きたかった『完璧』な歌声が9曲で聴けるから、響ファンなら必携の出来だ。
沼倉さんは『Concentration』(武智さん)のように悲しく耽美な曲も巧いが、特に強烈なのは響のように「可愛い曲」と「かっこいい曲」、そして今回目立った「スローテンポの曲」である。
#3『Good Day』、#4『Smiling & Smiling』は可愛い方面の曲だ。90年代の空気が特徴的な良い二曲である。欲を言えば可愛い系の曲ではここまでクリアな音作りでなくもっとマイルドでも良かった。ちなみに音質はアルバム全般がクリアで高音が際立っている。
この音作りは沼倉さん-響が最も得意とする「かっこいい曲」のセクションで本領を見せ付ける。#5『Spiral Flow』と#6『Anti-Gravity』と#7『Shining Days』の三曲が、「かっこいい曲」のセクションである。#5は『Next Life』の本歌取りとなっている、遊び心あるシャープな曲。『Next Life』と並べて聴けば時空を越えた響の声に抱かれて癒されるだろう。
#6『Anti-Gravity』は、断言できるが、このアルバム最強の曲である。どこをとっても非の打ち所がない。『完璧』の中の『完璧』、『完璧』を凝縮した結晶のような曲だ。これは沼倉さん-響にしか歌うことができないだろう。曲の良さや、声に掛けられた凶暴なサイバーパンク的なディストーションも痺れるが、さらに素晴らしいのは歌詞である。宇宙の深奥からの天啓のように事実が告げられる。この役目を果たせるのは完璧な沼倉さん-響の声を措いて存在しないといえる。この曲は、沼倉さんによって超えられない限り、沼倉さんの最高峰の曲になるかもしれない。未だ楽曲情報を読んでいないのだが、この曲を提供した人は沼倉さんの強みを完璧に判っていると思う。
#7は少し弛緩しながら#6までの流れを受け継ぎ軽快に歩いて行く感じの曲。アイマスの『Smiley Days』の変奏のような曲だが、シンセのバランスがよく、こちらの方が楽曲の出来がよい。サウンド的には、沼倉さんの声は電子音>メタル、アコースティック>ハードロックの順に相性がよいように思える。ハードロックには前述のように不適合。
アルバム終盤に入ると、鬱屈からの前進をじっくり聴かせる#9の『Hello,Ms.myself』。アイマスキャラでいえば千早や美希に合いそうな情念系の曲だが、ここでは沼倉さんと響を渾然とさせてがっつりと聴かせてくる。バンド曲だがエレキギターが引っ込んでいるので佳曲になっている。ただ、この曲でも沼倉さんががなり立てる唱法をとらざるを得なかった点はマイナスだ。
「可愛い曲」「かっこいい曲」以上に、個人的にいちばん魅力的なのは、沼倉さん-響の「スローテンポの曲」だと思っている。アイマスの『約束』をぜひ響で聴いてみたいと思っていたが、それ以上のものが今回は実現した。
「そろそろ終盤だしアコギ一本で歌う沼倉さんを聴きたいな」と思ったところへ、#10の『屋根上の朱い花』。アコギ一本ではないが、ほぼピアノ一台で聴かせるバラード。これはとにかく聴いてみてもらいたい。今の沼倉さんの歌の力が全部窺えるほどの最高傑作だと思う。アップテンポの神髄が#6なら、スローテンポの神髄が『屋根上の朱い花』である。千早がバラードを歌うと『約束』や『眠り姫』になる。そこには悲劇的な良さがあり、それこそ千早の魅力である。いっぽう響がバラードを歌うと『屋根上の朱い花』なのである。ここには悲劇性も双極性もやけくそな高揚感もない。完璧なものが空中に浮遊するようにただ在る、そういう曲である。完璧なものはそれ自身で存在するからだ。この曲はアイマスの誰も歌えないし、じつは響にも歌うのは難しい。アニメキャラである響は低音をほとんど使わないからだ。これは「響を経て来た今の沼倉さん」だから歌える一曲である。完璧と言っておく!
#11『暁』は、24歳くらいの響を思わせる安定したバラード。もっと変わったコードがあっても面白かったかなー。だけど、歌詞は良い。#10に典型的だが、バラードでは楽器は後ろに引っ込んでいていいと思った。声がもう極上なのだし、しかも沼倉さんはバラードが最高に上手な歌い手なのだから。
まとめ。
沼倉さんに合わない曲が三曲ある以外、完璧!
「この声で(簡単に手に入る)アルバム1枚もないってどういうことなの……」とびっくりできなくなるのが、ちょっとだけ残念だ。